魔女の特徴

 魔女の特徴として、黒好き、赤も好む。音楽好き、酒好き、たばこを吸う、男好き。賢い(元智天使ルシフェルに育てられているだけあって、頭の良い方が多いと思われる)。男性を嫉妬させようとする。散々好きにさせておいて、(男性を)振る。 真面目で、まともそうな、かわいらしい女性を好ませて、散々好きにさせておきながら、いざ、告白となると、結局、その女性に勝手に憑依して、結局、男性を振らせて、期待させた分、失望させて、その男性を憂鬱な気持ちにさせたがる。
 それから、散々好きにさせた女性と、他の男性を交際させて結びつけて、好きにさせた分、嫉妬させ、憂鬱な気持ちにさせたがる悪魔(魔女)がいるようです。
 真面目で、まともそうな、かわいらしい天使のような女性でも、魔女のような働きをさせたがる悪魔(魔女)がいるようです。
 お金儲けが上手そう。お金持ちが多いかも。金の亡者。金を巻き上げたがる。金のためならば、何でもやりそう。ギャンブル好きの方が多いと思われる。仏道修行者の修行を邪魔して、悪魔にしようと狙(ねら)っている悪しき霊存在達。

 (ルシファーもルシファ子も)近所のスーパーなどの、私のポイントカードのポイントを貯められたくないためか、会員様感謝デーの日に(ポイント2倍、3倍あるいは5倍,6倍の日に)私に買い物をさせたがらない。
 その翌日に、買い物をさせて、わざわざポイントを損した気分にさせたがる魔女と悪魔がいるようだ。(ルシファ子とルシファーと思われる)

 最初は優しいのですが、機嫌が悪いと、つっけんどんな対応になる。

 魔女(悪魔)達は、光の菩薩などの光の勢力達の時間と金を無駄にしたがる。魔女(悪魔)達は、光の菩薩などの光の勢力達の成功を、本心からは喜べないのではないかと思われる。魔女(悪魔)達は、悪魔や魔女を増やしたがる。

 ・・・以上のようなことが言えると思います。
 

以下、「永遠の法」大川隆法著(幸福の科学出版刊)より抜粋させていただきました。

8 永遠の生命

 地獄で苦しんでいる霊がいつも決まって言う台詞(せりふ)があります。それは「こんな姿になるくらいなら、ひと思いに殺してくれ」という言葉です。
 彼らはときに、仏や神に対して、罵詈讒謗(ばりざんぼう)、悪口(あっこう)のかぎりを尽くすことがあります。「蛇として生きていくくらいなら、ひと思いに殺してくれればよかった」と言う人がいますし、「こんな色情地獄で、血の海のなかで泳いでいるくらいなら、ひと思いに殺してくれたほうが、まだましだった」と言う人もいます。
 また、無間地獄に墜ち、真っ黒な闇のなか、あるいは砂漠や洞窟のなかに閉じ込められてしまった人は、「こんな人生が自分を待っていたのなら、ひと思いに生命(いのち)を奪ってくれればよかったのに・・・」と言っています。
 生前は大宗教家と言われて、世間からさまざまな称賛を受けた人が、無間地獄に墜ち、深い深い闇のなかで、深い深い沼のなかで、ただひとり苦しんでいる姿を、私は数多く霊視しています。こうした人は、現在では二代目や三代目が継いでいる宗教の初代教祖のなかにも数多くいます。
 こうした教祖たちの疑問は、「何十万、何百万の人たちを指導した私が、なぜこのような世界にいるのか」ということです。そして、「このような世界にいるくらいなら、ひと思いに生命を奪ってほしかった」と口々に言います。それは、自分の将来が分からないからです。その漆黒(しっこく)の闇のなかで、どのくらいのあいだ苦しまねばならないかが、彼らには分からないのです。
 魂というものは永遠です。魂には永遠の生命(せいめい)があるのです。永遠の生命があるということは、調和された生活をして生き、心が美しく、死後は天国に還った人たちにとっては、このうえない福音です。なぜなら、素晴らしい世界のなかで、生命を全うしていくことができるからです。
 しかし、地獄に堕ちた人たちにとっては、永遠の生命があるということ自体が、一つの罰、懲罰なのです。生命がひと思いになくなってしまえば、地獄で苦しむことはないのですが、生命はなくなりません。このこと自体が彼らを罰しているのです。
 人間は、こうした真実の世界の姿を知ったならば、「地上に生きているときに、悪いことを思うことも、悪いことをすることも、ほんとうに割が合わない」ということが分かるはずです。
 「永遠の生命などなく、この世かぎりの人生だ」と思っているからこそ、やりたい放題のことをし、人を傷つけ蹴落としてでも偉くなろうとしているのです。ところが、その結果、地獄に堕ち、永遠の生命どころか、永遠の苦しみのなかで、のたうちまわることになるということを知れば、どれだけ割が合わないかを知るに至るわけです。
 また、生前、ささやかな善意のなかに生きていたことが、あの世での至福の生活、これ以上ない素晴らしい生活へと展開していくならば、「なぜ、地上にいたときに、よいことをもっとしておかなかったのか」と誰もが思うはずです。
 この世で一個よいことをすると、あの世で十個よいことをしたくらいの価値があります。この世は非常にむずかしい世界であり、魂は“目隠し”をされた状態で修行しているのですから、そうした手探り状態のなかで天国的なる生活を展開することには、あの世での修行の五倍十倍の値打ちがあるのです。
 数十年間、この世で天国的生活を送った人には、その行ないがあの世では十倍にもなって返ってくるのです。この世はそうした価値ある世界でもあります。
 しかし、この世で、「このくらいのことはいいだろう」と思って犯してきた悪の数々も、あの世では五倍十倍となって返ってきます。こうした厳しい事態が待っているのです。
 したがって、「よいことをすれば、ほめられるのだから、よいことをせよ」「悪いことはいけないから、してはならない」というのではなく、ほんとうの意味で自分を大切にする人間ならば、悪いことはできなくて、よいことしかできなくなってくるはずです。ほんとうの人生観、ほんとうの世界観を知ったときには、そうせざるをえなくなってくるのです。割の合わないことは誰もしないのです。
 ましてや、地獄に行くような人というのは、割の合わないことは非常にきらいなはずです。彼らは「自分のやっていることが割に合わない」ということを知らないのです。したがって、そのことを彼らに一日も早く気づかせてあげる必要があるわけです。

以上、「永遠の法」大川隆法著(幸福の科学出版刊)より抜粋させていただきました。このような教えをお説き下さった、宗教法人幸福の科学、大川隆法総裁先生に、心より感謝いたします。

宗教法人幸福の科学 福知山支部 三帰誓願者 前川謙一

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心の調律(チューニング)

◎音楽では、しっかりと調律(チューニング)をしてから演奏するのに、心の調律の方は、まったく、無視しておられる方や霊が多いように思われる。心の調律(チューニング)を大切にしたいものだと思いました。そのために、宗教法人「幸福の科学」での、研修や御法話拝聴会などが、用意されているのだと思います。(宗教法人「幸福の科学」三帰誓願者 兼 幸福実現党員 前川謙一)

以下、月刊「幸福の科学」2009第273号 11月号P.22より抜粋させて頂きました。

巡錫――2009年 八戸支部精舎 平成21年9月22日(火)

「地獄からの脱出」――スピリチュアル幸福生活セミナー②――

スピリチュアル幸福生活セミナー2回目の法話では、地獄的な生き方をしないために、どのように思いを調えるべきかなどのポイントが説かれました。

 地獄霊の特徴は、反省するより仲間を増やそうとすることです。人を不幸に引きずり込んで幸福になるという気持ちは、皆、多少は持っていますが、そういう気持ちが自分にあるなら、考え方を変えることです。幸福な人を、努力して祝福する気持ちを持った方がいいのです。
 各々(おのおの)の人生のなかで幸福を見出すことは難しいでしょうが、人と一緒でないことを嘆く必要はありません。
 苦労しても言い訳しないで、自分固有の人生を愛し、そのなかから自分の生き筋を見つけることです。
 あまり極端なまでの成功を求めないでもよいのです。「このぐらいで十分。自分としてはよく生きたかな」という人生も悪くはないと思います。

☆☆☆『幽霊になる人でさっぱりしている人はいない』☆☆☆

結局、人間の正体は思いです。その思いが、悪霊・悪魔的なものであるか、天使的なものであるかを見極めることが大事です。

このような教えを、お説き下さった、主エル・カンターレ、宗教法人「幸福の科学」大川隆法総裁先生に、心より感謝申し上げます。

宗教法人「幸福の科学」三帰誓願者 兼 幸福実現党員 前川謙一

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「人々の魂の救済のところまで」

宗教法人「幸福の科学」大川隆法総裁先生 精舎御法話 「不惜身命の心」――『不惜身命』講義――~2009年9月10日 総合本部にて~より抜粋させて頂きました。

敗戦で失ったものを取り返さなければいけないと思うんですね。もう一つ、歴史観と同時に失ったのは、ある意味での国体そのものかと思うんですよ。この国(日本)は宗教と政治が融合していた国であったんです。ずーっとね、神代の時代から、そうなんで、神様が偉い国なんですね。神様が偉くて政(まつりごと)をやってる国であったんですよね。神様が政をする。国民を治める。その代理人として天皇がいたりしたんでしょうけれどもね。あるいは、仏教が入って、仏教の高僧達が尊敬されて、庶民からも慕われていて、仏教精神も採り入れて、統治がされたこともある。あるいは、江戸時代には、儒教が入って、儒教精神の基に、儒教が一種の国教に近かったかね、江戸時代はね。260数年の間、江戸時代があった訳ですよね。
 高等宗教を、国の一つの柱として国を治める。神代の時代は神道だろうし、それから、聖徳太子以降は、仏教がかなり柱として、長く入ってきたし、共存しつつですね、その時代々で共存しつつ、中心になるものは何か?と言うのがあって、その中心になるものを柱として、国が治められるという時代が長かったと思うんですね。

 ま、このものの考え方が、先の敗戦によって、ま、ある意味で失われたのかなと、で、宗教に関しては、基本的には性悪説が、やっぱり、流れているという風に考えられます。ですから、宗教的活動をしましても、信者グループの中での、喜ばれたり、熱狂したりするようなことは、一歩外へ出ると、非常に冷めた目で見てて、変な感じに見えるという風な、そういう見方が非常に強いですね。中と外の温度差。中でほめられると、外では、ものすごく下げられるみたいな見方ですね。価値観引っ繰り返っている。もし、その価値観がですねえ。例えば、先程言った、1%の壁とか言うのがあって、「1対99」もしくは、「2対98」ぐらいの価値観であるんだったら、これは、なかなか大変だなあと思いますねえ。だから、我々の戦いは、まだまだ終わっていないよ。

だから、元々、日本では、信仰持っている。信仰があるというのは、だいたい2~3割ぐらいで、あるいは、お盆とか、初詣のようなものには、関心があって、お盆の墓参りしたり、初詣したりとか、するような感じだったら、まあ、5~6割ぐらいが、まあ、そういう感じの宗教的なものに何らか触れるって言うことは肯定しているみたいな感じで、後は、白けているのが状態と、ま、こういう風な国論になっているとしますとね、だから、やっぱり宗教を、あまり尊敬していない。あるいは、軽く見ている勢力が、まあ、圧倒的多数であるという風に言わざるを得ないですね。でも、これが、正しいか?と、これが正しいのか?ということを言いますと、「いや、正しいとは思われない」と言うことですね。正しいとは思われない。

仏陀再誕の映画も、来月(2009年9月10日の御説法)から、かかりますけれども(2009年10月17日から公開)、やっぱり、一つの挑戦だろうと思いますねえ。この外見上発達した、この文明の中で、まあ、縄文式時代の人間であったであろう、仏陀の教えなるものが果たして通じるであろうか?と言うことですねえ。“現代文明”対“仏教”ですね。仏教が通じるか?仏陀の真髄が通じるか?教えの真髄が現代に甦り通じるか?あるいは、それは不要なものか?まあ、こういう事を、問い掛けている映画だと思いますね。この世は便利になることは非常にいいことだけれども、その結果、大切なものが失われているんではないかと思いますね。だから、映画『仏陀再誕』においても、こういう自殺の問題等、取り上げていますけども、自殺霊が死んだ後、自分自身を認識できないでいるという状態ですね。自分が魂であるということを、信じていないために、死を受け入れることができないで迷っている。あるいは、ひどいのになると、積極的に世の中を害そうと思っている者がいる。これは、もう、日本昔話のようにしか、聞こえないのが現代だと思うんですよ。学校で言おうと、会社で言おうとですね。その話をストレートに言えば、日本昔話、あるいは、もう、ずっと、ずーっと昔の日本霊異記(にほんりょういき)というか、なんか、怪奇伝説物語シリーズぐらいまで、もう、遡らないと、ちょっと信じられない。みたいな感じだと思うけど、でも事実なんだと言うことですね。だから、あるいは、平安時代で言えば、陰陽師の時代ですけども、そうした、霊とか念とか、そういう、呪いとか、いろんなものがあって、霊的な戦いが行われていましたけどね。そういうことは、現代人は、一笑に付すかもしれないけども、全部が、だから、病院の問題になって、病院に行けば、みんなが神経が痛んでるか、頭脳に、なんか、ちょっと、機能に障害があるかみたいな感じで、やって、薬、処方しときましょう。みたいなので終わりになってしまって、だから、霊的な問題について、何ら、解決策が現代には無いんですよね。これについては、一切無視して、無いことを前提に組み立てている。だから、ある意味で、邪見と言いますか、そういうものが固定しつつあると思うんですねえ。だから、精神病院問題も、ほとんど、脳の機能が壊れたという風に見るんでしょうけど、そういう人もいるとは思いますけどね。脳の機能が壊れる事もあるので、そういう人も、おかしいと思うけども、実際霊が見えてたりして、言ってることが変なので、精神病院入ってる人も、いっぱいいる訳なんですよね。霊が見えるとか言うので、周りが、それを、そんなもん信じてない人に、取り囲まれてると、そのままガチャンというケースも、結構あるんですよね。そういう人達に対して、救いが、やっぱり無いですよね。だから、世界観が、やっぱり、ずれているために、真実の世界観っていうのを、人々が知らないために、ずれているという所があると思いますねえ。だから、霊界があるというと、すぐ、“怖い”“恐ろしい世界”という風に取られてしまうので、「聞きたくない」「見たくない」という所でしょうかね。せめて、ドラマの世界や、ホラー映画の世界ぐらいで、ちょっと、クーラー代わりに、ちょっと見る。涼む。というぐらいならいいけども、非現実の世界として、楽しむのは、まあ、いいけども、現実ととらえるんだったら、この人ちょっと、おかしいんかなと、そういう風な、二分法が、使われている。例えば、ハリー・ポッターの世界なんかでも、結構、霊的な物がいっぱい出てきますし、まあ、魔法使いの世界ですよね。それはそれで、映画としては、面白いとして、楽しむけども、実際の世界の中で、じゃあ、あるか?と思ったら、それは、全然話が違う。あるいは、ファンタジーであり、フィクションなんだから、現実は、全然違うよ。という風に、二分法で、分かれているんです。

~(中略)~

☆☆☆不惜身命の思いで真理を広げよ☆☆☆
・本来のミッション、我々の持っている使命というものを考えたら、限りなき仕事である。逆風の中で、あえて、真実を説き続ける勇気を持つことが大事である。

・医者は肉体的な健康の管理までだが、我々はそれを超えて、魂の救済まで入っている。その点において、仕事に限りはない。

・まずは思いである。「日本全国の人にやはり真実を伝えなければいけないんだ」という強い情熱を持って押していかなければいけない。

・映画で終わりではない。これ(映画「仏陀再誕」)は入り口で、“においがけ”のレベル。あくまでも、最終的には人々の魂の救済のところまでいかなければ、届いていない。

 以上、大川隆法総裁先生 精舎御法話「不惜身命の心」――『不惜身命』講義――~2009年9月10日 総合本部にて~より抜粋させて頂きました。このような教えを、お説き下さった主エル・カンターレ、大川隆法総裁先生に、心より感謝申し上げます。
 尚、この教えの正確な内容は、宗教法人「幸福の科学」にて、お求め下さい。

宗教法人「幸福の科学」三帰誓願者 兼 幸福実現党員 前川謙一

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映画『仏陀再誕』日本語字幕上映館情報と英語字幕上映館情報

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東映 日本語字幕上映館情報『仏陀再誕』⇒http://theaters.toei.co.jp/TheaterList/Jimaku/?PROCID=02270

映画『仏陀再誕』英語字幕上映館情報⇒http://www.buddha-saitan.jp/wb/theater/theater_e.html

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映画『仏陀再誕』のレビューとインドで行われた試写会の映像

映画『仏陀再誕』のレビューとインドで行われた試写会の映像⇒http://www.buddha-saitan.jp/wb/report/report.html

映画『仏陀再誕』監督・石山タカ明氏インタビュー
歌手 ウ・ソンミン氏のインタビュー
映画『仏陀再誕』企画・脚本・大川宏洋氏のインタビュー
http://www.buddha-saitan.jp/wb/special.html
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全ての人が、主エル・カンターレから愛されている。

あなた方が、私(主エル・カンターレ)を愛すれば愛するほど、私(主エル・カンターレ)が、あなた方を愛しているということが分かってきます。
「君よ、涙の谷を渡れ。」第1章より抜粋

全ての人が、主エル・カンターレから愛されている。

もっと、主エル・カンターレを愛そうと、努力すればするほど、主エル・カンターレの愛に気付いてきます。信仰がより深まってくる。

素直に、主エル・カンターレのおっしゃる通りに、付き従っていこう。

映画「仏陀再誕」のお誘いは、伝道行為の一つ。

病気は、心の環境汚染。

信仰というのは、深い絆。

以上、宗教法人「幸福の科学」大川隆法総裁先生の御法話と宗教法人「幸福の科学」大阪正心館中畑館長七の日講話より抜粋させて頂きました。このような機会を、お与え下さった、宗教法人「幸福の科学」大川隆法総裁先生と大阪正心館の皆様方に、心より感謝申し上げます。

宗教法人「幸福の科学」福知山支部 丹波西地区所属 三帰誓願者 兼 幸福実現党員 前川謙一

『幸福実現党』参議院補欠選挙の結果を受けて⇒http://www.hr-party.jp/pdf/091026_1_info.pdf

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実るほど頭を垂れる稲穂かな

成功すればするほど、周りの人々に対する感謝の気持ちから、自然と謙虚な姿勢になってくるのだと思われます。

もちろん、神や仏、仏陀に対する感謝の気持ちからも、守護・指導霊に対する感謝の気持ちからも、謙虚な姿勢になってくると思われます。

ましてや、仏陀再誕の時代の「幸福の科学」の一員としても、今一度、謙虚な姿勢を大切に、仏道修行に邁進させていただきたいと思いました。


以下、『仏陀再誕』大川隆法著(幸福の科学出版刊)第2章 叡智の言葉 謙虚さと感謝 より抜粋させて頂きました。

諸々の比丘、比丘尼たちよ。
また、私は常づねあなたがたに教えていたはずである。
人は自分の幸福だけを追求してよいものではないと、
自ら一人だけが幸福であればよいものではないと、
常づね、私はあなたがたに教えていたはずだ。
中道の道に入りて、自らが幸福となりし時、
その幸福は、自ら一人のものではないということを知りなさい。
自らが中道の道にて得たその幸福は、
まわりの多くの人びとに返してゆかねばならない。
まわりの人びとをも救う力でなくてはならない。
私は、そう思うのだ。

何ゆえに中道の道があるか、あなたがたはほんとうに考えたことがあるか。
たとえば、中道から外れて、
そして、あなたが苦難の荊の道を歩む時に、
人びとは、あなたをどう救わねばならないかということで、
心が躍起になっているであろう。
あなたがたをどう救おうかと、そのことばかりで夢中であろう。
多くの人びとに悩みを与え、苦しみを与えるということは、
あなたは今、マイナスの人生を生きているということだ。
ゆえに、あなたはいち早く荊の道を出て、中道に帰らねばならない。

また、得意の時に謙虚であれ、感謝を忘れるな、と私は説いた。
そのことの意味が、あなたがたにはわかるだろうか。
謙虚さということは、何を意味しているか。
それは、他の多くの人びとの力を受けているということを、
また仏の力を受けているということを、
自らに言いきかすことを意味している。
自らに言いきかせ、
自らの慢心を防ぐということをもって旨としている。

また、感謝とは何であるか。
謙虚さから生まれた行為だ。
謙虚であるからこそ、感謝が生まれる。
感謝が生まれて、
その謙虚さが他の人への行為となって現れてくるのだ。
これが実に大切なことであるのだ。
成功者たちが、成功者として存在が許される理由は、
他の多くの人びとへの愛の実践が、そこにあるからなのだ。
そう、自らの田畑に、数多くの実りをつくった者は、
人びとから妬まれたり、
あるいは謗られたりすることが多いであろうが、
自らの田畑に数多くの収穫を得ても、
他の人びとから喜ばれる道はある。
それは、自らが取り入れた、
自らが刈り入れた数多くの果物、数多くの稲の穂を、数多くの麦を、
まわりの人びとに配って歩くことだ。
さすれば、あなたは存在の愛となる。
さすれば、あなたは存在そのものが善となる。存在の善となる。
その通り、ここにこそ成功の要諦はある。
成功したものを、自らのみのために使おうとする時、
そこに大きな間違いがある。
しかし、成功の成果を、他の多くの人のために生かそうとする時、
それは、世の中を潤し、
そして、多くの人びとの魂を喜ばすこととなるのだ。

以上、『仏陀再誕』大川隆法著(幸福の科学出版刊)第2章 叡智の言葉 謙虚さと感謝 より抜粋させて頂きました。このような教えをお説き下さった、再誕の仏陀、大川隆法総裁先生に心より感謝申し上げます。

宗教法人「幸福の科学」福知山支部 丹波西地区所属 三帰誓願者 兼 幸福実現党員 前川謙一

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世界が闇に沈むとき、仏陀は再びよみがえる。

WHO IS BUDDHA?

映画『仏陀再誕』オフシャルWebサイト(予告編)CM⇒http://www.buddha-saitan.jp/wb/trailer.html

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映画『仏陀再誕』公開!(10月17日全国ロードショー)

Sany0048 ■仏陀とは?

仏陀とは「目覚めたる者」「悟りたる者」という意味だが、特に2500年前のインドで人類最高の悟りを開いたゴータマ・シッダールタ(釈迦)を指す。釈迦は、入滅(臨終)の時に、「2500年後、東の国にてよみがえる」との予言を遺したとされている。この映画は、その予言の通り、現代の日本に仏陀が再誕したら?がメインテーマ。果たして本当に仏陀は再誕しているのか・・・。

以上、「What's 幸福の科学」Vol.3 October2009より抜粋させて頂きました。

映画『仏陀再誕』(東映)上映劇場案内⇒http://theaters.toei.co.jp/TheaterList/?PROCID=02270#05

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映画『仏陀再誕』2009年10月17日(土)全国ロードショー

The REBIRTH of BUDDHA
制作総指揮/大川隆法 Ryuho Okawa

アニメーション制作/グループ・タック
幸福の科学出版制作
配給/東映

映画『仏陀再誕』オフィシャルwebサイト⇒http://www.buddha-saitan.jp/wb/index.html

(京都府福知山市近郊の方へ)
場所:福知山市厚生会館

住所:福知山市字中ノ170-5

上映時間:①9:30~ ②12:00~ ③14:30~

チケット代金:

前売り券 大人 ¥1,300 子供 ¥800(中学生以下含む)
当日券  大人 ¥1,800 大学生、高校生 ¥1,500 子供(中学生以下)¥1,000

※映画『仏陀再誕』の収益の一部は、ネパール大使館の協力のもと、釈尊生誕の国、ネパールの子供達の教育支援に役立てられます。

※前売り券はローソンでも好評発売中!!

☆福知山市厚生会館 10月17日(土)TEL 0773-22-4955
☆ポップアップホール(兵庫県丹波市) 11月22日(日)TEL 0795-82-8100
☆綾部市I・Tビル 11月28日(土)TEL 0773-42-1920
☆舞鶴八千代館 11月21日(土)~ TEL 0773-62-3583
☆豊岡劇場 11月21日(土)~ TEL0796-22-2062

映画『仏陀再誕』オフィシャルwebサイト⇒http://www.buddha-saitan.jp/wb/index.html
Sany0048

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悟りを求めて努力している者

Sany0021 宗教法人「幸福の科学」大阪正心館にて、大川隆法総裁先生御法話「目覚めたる者となるためには」に参加。

後、数十年の生命、最も尊い、仏法真理の伝道のために、一本のろうそくとして、燃え尽きるまで、使命を果たそうと思いました。

☆菩薩・・・「悟りを求めて努力している者」という意味であることを、再確認させて頂きました。

 その後、大阪正心館から、歩いて10~15分ほどの所にある、大阪市中央公会堂の大ホール(大阪・中之島)にて、川井郁子さん(大阪芸術大学・芸術学部教授)のヴァイオリン・リサイタルに参加させて頂きました。
 思ったより年配の方々が多く、意外でしたが、川井郁子さんのヴァイオリンと、塩入俊哉さんのピアノだけの、シンプルな編成の演奏は、CDバージョンとは、ひと味違った、趣(おもむき)がありました。
 リサイタル終了後、サイン会があり、購入したCDに、川井郁子さんにサインをして頂き、握手までして頂きました。三歳の女の子の母親でもある、川井郁子さんの手は、とても温かい手をしておられました。

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帰り道(地下鉄・淀屋橋)にて、映画「仏陀再誕」の看板を発見。↑

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